イカレ帽子屋 T











次の日――チェシャ猫達の住む屋敷で俺は一人黙々と作業をしていた。
白雪姫のいるホワイト・スノウ・キャッスルでの出来事を一枚の可愛らしい便箋にまとめる作業だ。
今日は、俺以外誰もいない屋敷は物凄く静かで少し退屈だ。

コハンは女王様に会いに行ったし、シアンはリーフのところへ行って楽しく喋っているらしい。
レウィーンはルンルンとスキップをしながら友人である三月ウサギの元へと行ってしまった。

三月ウサギはレウィーンと同じ位の年で可愛らしい少女らしい。




「青春だなぁ」




便箋を綺麗に折って、封筒に入れつつ俺は呟いた。
テーブルの上に置いてある紅茶を全て飲み干して、席を立ち女王様のいる城へと向かう準備をする。

その時、丁度猫が描かれている扉が開いた。
入って来たのは先程まで心の中で噂をしていたレウィーンだ。





「ねぇ、紅茶の葉残ってる?」





突然の質問に驚いたが、俺は急いで紅茶の葉を入れている袋を探す。
無い無い無い・・・。

何時も袋を入れている棚を見たが何処にも無い。
嫌な予感がしてゴミ箱を覗くと『幸福紅茶』と書かれた紅茶の袋が捨ててあった。





「残ってない」
「えぇ?!どうしよう!!シアンが紅茶帰ったら飲みたいって言ってたよ!」
「・・・・・・何処で買えばいいんだ?」





何時も紅茶はシアンが買ってくるので、何処で売ってるのか分からない。
レウィーンはしばらく考えた後、ポンッと手を叩いた。





「イカレ帽子屋の所だ!思い出せてよかった!!」
「いかれぼうしや?」





イカレ帽子屋とは紅茶片手に「何でも無い日おめでとう!!」とか言いいながら紅茶を飲む狂人だっけ?

俺はイカレ帽子屋を想像しつつ、レウィーンの言葉に耳を傾ける。





「そう!イカレ帽子屋は七色の川の下流にある屋敷に住んでるんだ!ちなみに、
紅茶の代金は10アインだから」





そう言うと、レウィーンはポケットから10アインを出して俺に手渡した。
1アインは、日本円に直すと150円だ。
つまり、紅茶の代金は1500円となる。

まぁまぁの値段だろう。





「じゃぁ、頑張って買ってきてね!報告書は僕が出してあげるからさ!」





ブンブンと手を振っているレウィーンに手を振り返して、急いで俺はイカレ帽子屋の場所へと向かった。
七色に輝く川に沿って走りながら、額に浮かぶ汗を拭き取る。

結構な距離だなぁ・・・。と愚痴を零しつつ、俺は大きな屋敷を見つけた。
屋敷の前には『帽子屋の紅茶専門店』と書かれている。

色々ツッコミを入れたいところがあるが、あえてスルーをしよう。
そうしよう!

帽子の絵と紅茶のカップが描かれている扉をゆっくりとした動作で開けた。
屋敷の中には大きな円卓一つに大きな棚が幾つも並んでいる。

ボケッとしながら棚を見ているとチリンと鈴の音が耳に入った。





「おや、お客さんですか?」





綺麗なアルト声の男はフワリと微笑む。
黒いシルクハットに、肩まである白髪。
細身の体を包み込んでいる服は黒いタキシード。
手には『幸福紅茶』と書かれている袋を持っていた。





「すいません、幸福紅茶を一つほしいのですが・・・」
「あぁ、10アインになります。」





男はそう言うと手に持っていた紅茶の袋を綺麗に包装していく。
しなやかな指の動きに見惚れていると男はクスクスと声を出して笑った。





「そんなに作業を見られると恥ずかしいものですね。」
「あ、いや・・・その・・・」
「クスクス、あなたが噂のチェシャ猫4代目さんですね?私はイカレ帽子屋です。
以後、よろしく」






イカレ帽子屋は俺から10アインを受け取ると綺麗に包装された幸福紅茶を渡す。
それを落とさないように注意しながら俺は目の前にいるイカレ帽子屋を見つめた。

想像していたのと随分違う。
俺が想像していたのは皺だらけの手に紅茶を持ち「何でも無い日おめでとー!」と叫んでいる
お爺さんしか浮かんでいなかった。

なのに、今目の前にいるイカレ帽子屋はどうだろう?
とても格好良いではないか・・・!!





「私の顔に何か?」
「いえ、とても綺麗な方だと思いまして」
「それはそれは、ありがとうございます。」





俺の目の前で綺麗に一礼するイカレ帽子屋に再び目を奪われた。
サラリと流れる白髪に、優雅な物腰。

全ての動作に薔薇の花が舞っているかのような気品。





「おや、もうこんな時間ですね。チェシャ猫さん、自宅までお送りしますよ」
「え?」





俺は急いで壁に掛かっている紅茶のカップ型の時計を見つめた。
屋敷を出てからもう2時間も経っていて、外は薄暗さを増している。

イカレ帽子屋は一端、部屋の奥へと消えたと思うと何かを引っ張りだしていた。
それはヤケにタイヤが大きい自転車。

送ると言ってはいたが、まさか自転車とは・・・。
イカレ帽子屋が自転車。
しかも、作りがマウンテンバイクに似ているような・・・。





「さぁ、早く後ろに乗ってください」
「あ・・・はい」





チリンチリンとベルを鳴らしながら、イカレ帽子屋は自転車に跨った。
タキシードと自転車
これほど合わない組み合わせはあるのだろうか。
いや、俺が今まで見た中で一番組み合わせが合ってないのがこの光景だろう。

だが、折角のイカレ帽子屋の好意。
拒否するわけにもいかない。

ゆっくりと後ろの席に座ると、しっかりと腕をイカレ帽子屋の体に回した。






「では、行きますよ!!」
「ひっ!!」






あぁ、どうして俺はイカレ帽子屋に送ってもらったんだろう。
こんな危ない人の後ろに乗るもんじゃないな。

そうだ、これを今日の教訓にしよう。
今度からは絶対イカレ帽子屋の自転車には乗らないと・・・。




秒速100メートルはあるのではないかと思われる程猛スピードを出す自転車に
跨りながら俺は目を瞑った。















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