イカレ帽子屋 U
チリンチリンというベルを鳴らしながら走る自転車に乗ってから幾分経っただろう?
行きはとても長く感じられた道のりを一瞬にして通り過ぎる。
流石、秒速100メートル半端じゃない。
「あはは〜」と半分壊れたように俺は笑いながらも、紅茶の袋を腕からさげている。
しばらくして、自転車が大きな音をたてて止まった。
急ブレーキの中の急ブレーキだ。
軽く吹き飛んだ俺の体は、イカレ帽子屋を上手く避けている。
流石俺・・・ッ!!
「お帰りチェシャ猫君」
「ただいま・・・コハン」
半分地面にめり込んだ俺に当たり前のように挨拶をするのは、コハンだ。
ニコニコと笑いながら女王様に貰ったと思われる茶菓子を口に頬張っていた。
少しは助けてくれてもいいじゃないか・・・。
そう思ったが口には出さない。
「おや、コハン君ではないですか。久しぶりですね」
イカレ帽子屋は自転車から優雅に降りるとフワリと微笑んだ。
黒いシルクハットも、白髪も、タキシードも綺麗に整ったまま。
どうして俺はこんななのに・・・。
何処も乱れてないイカレ帽子屋に羨望の瞳を向けつつ、俺はゆっくりとした動作で立ち上がった。
「今日はどうしたんだ?」
「実は4代目君を送りに来たんですよ」
「あのスピード違反の自転車でか?」
「えぇ!」
ちょっとまて、スピード違反な自転車で人を送ろうとするな・・・ッ!!
喉まで出かかった言葉を必死になって飲み込み土に塗れた自分の服を払う。
その時に腕にかけていた紅茶入りの袋の中身が無事か確認をした。
イカレ帽子屋同様、何処も乱れていない紅茶に驚きつつも溜息を吐く。
「まぁいい。丁度良かった。イカレ帽子屋、君に頼み事があってね」
「私にですか?」
「実は今度、姫会合がある。そこで幸福紅茶を二袋位ほしいんだ。」
「あぁ、なるほど。構いませんよ。姫様のためになら代金は頂きません」
ポンッと両手を叩いたイカレ帽子屋はスピード違反の自転車に再び跨った。
屋敷に帰って姫会合の準備をするらしい。
弱弱しく俺は手を振ってみた。
それに気づいたイカレ帽子屋は嬉しそうに微笑むと秒速100メートルの自転車を走らせる。
一瞬にして見えなくなった自転車に対してフッと笑いを零したのはコハンだ。
「変わらないな。じゃぁ、そろそろ俺等も屋敷へ帰るか」
「そうだね」
「敬語禁止」と先日言われてしまった俺はタメ口でかえす。
コハンは満足そうに微笑むと一人でサッサと屋敷の中へ入ってしまった。
俺もコハンを追うように屋敷へと入り扉をしっかりと閉める。
シアンやレウィーンがいるリビングに行くとケーキやらをテーブルの上に出して食べていた。
チョコレートケーキにチーズケーキ、タルトにミルフィーユ。
あぁ、美味しそうだ。
「あ!紅茶買ってきた?」
「あぁ。ほら!」
シアンに幸福紅茶の袋を渡すと嬉しそうに笑んだ。
シアンはルンルンとスキップをしながら紅茶をポットに入れて湯を注ぐ。
その一連の動作をジッと見つめていたコハンはタルトを一口で食べながら口を開いた。
「そういえば、リーフは元気だった?」
「えぇ!凄く元気だったわ。ただ・・・チェシャ猫君と最近会ってないから寂しいって」
金で出来たカップに紅茶を注いだシアンは「ふぅ」と溜息を一つ。
視線を俺に向けると「明日にでも会いに行ってあげてね」と言った。
確かにここ最近、リーフには会っていない。
会いに行く暇が無かったのだ。
明日、会いに行くか・・・と心の中で呟くと俺はミルフィーユを口へと運んだ。
寂しがり屋の少女と出会った時
何が起こるのか?
*****
おまけ
その日の夕食
俺「今更だけど、自転車でスピード違反って」
コハン「イカレ帽子屋の所為で、この世界に法律というものが出来た」
俺「嘘?!」
コハン「ウッソー(笑)」
俺「(怒)」
その後、俺はコハンの口の中にピーマンを沢山入れてやった。
悶え苦しむコハンを見て笑いながら・・・。
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