女王様とアリス V









女王の城から遠く離れた暗い森の道。
そこで、俺とコハンは他愛無い話をしながら歩いていた。
森の木の一つ一つに精霊が宿っているようでクスクスという笑い声が聞こえる。




「アリスの家は、もう少ししたらあるよ」




コハンが話を中断して息を吸い込んだかと思うと、そう言葉を発した。
アリス…女王様が、あんなに優しかったのだ。(趣味は兎も角)
アリスもとても良い人に違いない。
期待に胸を膨らませていると、小さな屋敷が見え始めた。
噴水の水は赤く、屋敷は黒と灰色で統一されている。
門の付近に、一人の少女が佇んでいた。





「やっと来たのね。待ちくたびれたわ」





冷たい声で言葉を発すると少女はフンッと鼻を鳴らす。
黒いドレスに灰色のエプロン。
手を見れば指輪や腕輪がジャラジャラと鳴っているし、手の甲にはスペードの刺青が彫られている。
金色のフワフワとした髪が風によって舞った。




「こんにちは、アリス」




コハンは急いでアリスに近寄ると手の甲にキスを落とす。
その直後、パンッという音と共にコハンの頬に平手が当たった。
赤く腫れた頬を擦りながらアリスを見つめる目は複雑そう。




「こんにちは?その前に言うことがあるんじゃなくて?」




我侭お嬢様…

アリスには、その言葉が一番似合っていた。
良い家に生まれたお嬢様。
何も苦労を知らず、自分の思い通りに物事が運ばないと怒る…そんな我侭のお嬢様。




「ごめんね、アリス。少し女王様の城で長居をし過ぎたみたいだ」
「あんな女が好きなのね!!イカレた女王の方が可愛いアリスよりも大切なんだ?!」




アリスは地団太を踏みながら、視線を俺に向ける。
冷たい瞳が一瞬だけ揺らいだ。




「貴方が、新しいチェシャ猫か」




それだけ呟くと先程キスされた手を俺に伸ばす。
耳にソッと触れるとアリスはコハンには見せないような優しい微笑みを俺に向けた。




「気に入ったわ。コハンなんかより、ずっと貴方の方が良いわ」
「…」




何だ?この言葉では表せない違和感は…。

アリスは俺をキュッと抱きしめると満足そうに溜息を零す。

それをずっと見ていたコハンは俺の視線に気づくと、クシャッと笑った。




「アリスに喜んで頂けて嬉しい限りです」




義務的な言葉。
先程まで無かった冷たい棘のような声。
俺は一瞬怖くなって肩を震わせる。




「チェシャ猫、週に一回は私に会いに来てね。絶対だよ」
「え…あ…はい」




俺の返事が嬉しかったのか、アリスの腕に力が入る。
華奢な体の何処に、そんな力があるのか聞きたいくらいだ。




「そうだ、忘れるところだったわ!」




パチンッと白い手を合わせるとアリスは俺から離れる。
エプロンに付いているポケットを探ると封筒を一つ取り出した。
スペードの模様で縁取られているソレを俺に手渡す。




「これ、貴方の初仕事よ。ついさっき、ダイアナが届けてくれたの」




俺は急いで封筒を開ける。
中に入っていた封筒には次のようなことが書かれていた。







『チェシャ猫

貴方に、仕事を言い渡します。
初仕事という事もありますので、今回の仕事はシロウサギと共に向かって下さい。
場所は、白雪姫の城。"ホワイト・スノウ・キャッスル"です。

白雪姫に会って今度の姫会合の件について書かれた封筒を手渡してもらいたいのです。
勿論、報告書も提出していただきます。
1日あれば、仕事を遂行することは可能だと思っています。
封筒はアリスに渡してありますので。

では、明日"時の間"で会いましょう。


女王より』






達筆だなぁ…と心の中で呟きながら封筒をポケットに仕舞う。

それを見たアリスはA4サイズの封筒を俺に手渡した。
これを白雪姫に渡せばいいのだ。





「明日から仕事だから、忙しくなると思うわ。それでも、週に一回は私に会いに来るのよ?」





念を押すようにアリスは言うと、指をパチンと鳴らした。
段々、アリスの体が透明になっていく。




コハンは恭しく頭を下げた。
俺も見習って頭を下げる。





「それじゃぁ、またね。私の可愛い子」





フッとアリスが消えるとコハンは俺の肩に手をおいた。
気の所為かもしれないが、コハンの顔色が優れていないように思われる。




「コハン?」
「帰ろう」




それだけ言うとコハンは踵を返した。









******










チェシャ猫達の屋敷に帰るとコハンは早々と自室に篭ってしまった。
あんなに張りきっていたのは、何処のどいつだ?と聞きたくなるくらいだ。
それよりも明日から、任務という事があって俺は落着かない。
余談だが3代目である少年は名前を決めたらしく自分の事を散々レウィーンと名乗っていた。




「コハン、どうしたんだ?」




俺の素朴な疑問にシアンは困ったように眉を眉間に寄せる。
そして頬に手を当てて可愛らしく目を細めた。




「まだ、あのことを…」
「?」





何度か頭を振ると、シアンは俺の肩に手を置く。
瞳には何か知っているのか不安という色が浮かんでいた。





「貴方には、何時か話す日が来るわ。それよりも今日は明日のために早く寝ましょうね」
「あ、うん」





コクンと首を縦に振ると、俺はミルクを飲み干してシアンとレウィーンに「おやすみ」と告げた。

















茨に包まれたのは、少年の優しき心か






それとも哀しみに暮れる一人の少女の心か












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