女王様とアリス U











城内に入ると同じ顔の人間が忙しなく働いている。
俺は怖くてコハンの顔を盗み見た。
コハンの顔色は至って普通。
この光景が何時もの事なのかもしれないのだが、ハッキリ言うと不気味だ。



十人十色という四字熟語があるが、今の場合十人一色だろう。





「女王様は、今だ趣味を変えていないらしいな」
「?」




コハンが急に言葉を紡いだかと思うと、周りの人間の視線が俺等に向く。
同じ顔に凝視されると倍怖い。





「遺伝子組替えで、皆人間の顔と性格と同じにするのが最近、女王様の趣味でな」
「あ…うん」





随分悪趣味な事を…
まだ、首をはねる方がマシだ。


俺の考えているのが分かったのか、コハンは苦笑いを漏らす。





「まぁ、アリスの趣味に比べたらマシかな。っと、着いたぞ」




コハンの言葉に俺は視線を目の前にある扉に向けた。
そこだけ洋風の扉があり、金や銀で装飾をされている。
扉の取っ手には蝶の模様が彫られていた。




「コハン、並びにチェシャ猫4代目参りました!」




コハンの大きな声に耳を塞ぐ。
何時もなら絶対に出さない大音量に、俺は目を瞬いたが他の人間は全く気にせず仕事を再開していた。
ギィという重々しい音と共に扉が開かれた。




「よく着ましたね。コハン、チェシャ猫」





鈴のようなソプラノ声と共に、美しい女性が畳に正座をしているのを見つける。
真っ黒な黒髪を捻り結い上げていて、ガラスのような色素の薄い青い瞳は俺を見続けていた。
着ている服は黒が主の着物。所々に蝶やら花やら描かれているソレは女性にはピッタリだ。




「どうぞ、お入り下さい。チェシャ猫さん、コハンさん」




扉を開けた男は優しく笑むと会釈をする。
男の頭からは白い耳が突き出して、何処かの音を聞き取ろうとしているのか様々な方向に耳を向けていた。
会釈をした所為かカチャリと懐中時計が音をたてる。


コハンと共に部屋に入ると扉の閉まる音が背後から聞こえた。
女性はニッコリと笑うと白い清楚な手を自らの頬に当てる。





「私は、女王です。チェシャ猫、貴方に会えて嬉しいですよ」
「じょ…女王様?!」




この人が?!?!

思わず大きな声をあげてしまったが、しょうがないことだ。
だって、こんなにも美しく物腰柔らかな人が女王!!
もっと厳つい性格ブスな女かと思っていたのに!


放心状態におちた俺を見ながら女王はクスクスと笑う。





「思っていたような子ですわ。本当に可愛らしい子。あぁ、紹介するのを忘れてましたわ。シロウサギ、貴方も自己紹介をしなさい」
「はい、女王陛下」




シロウサギは恭しく再度会釈をすると、鈴を鳴らしたようなアルト声で言葉を発する。
行動の一つ一つが踊りを舞っているような動きだ。




「私はシロウサギ。女王陛下の側近でございます。チェシャ猫さんと、会えて嬉しい限りです」




放心状態から見事開放された俺は、目の前で笑みを浮かべている女王とシロウサギを、じっくりと眺めた。
本当に、この二人が女王とシロウサギだとは信じたくないなぁ。
などと、少しばかり失礼な事を考えつつ俺は頭を下げた。




「チェシャ猫4代目です。これから、よろしくお願いします」
「えぇ。よろしくお願いしますわ」



女王の綺麗な声に頬を少し染めつつ、俺は心の中で考えた。
先程、女王に会うまでに会った人間の顔だ。
何故、優しそうな女王が変な事を趣味にしているのだろう。




「女王陛下、ただいま任務より戻って参りました」




厳つい男らしい声に俺はビクリと肩を揺らした。
優雅に微笑む女王は口元に手を当てながら「おかえりなさい」と呟く。


声の主は黒髪を一本に結び、瞳は睨むように細めている。
黒いコートを着ている所為かヤケに怖く見えた。




「スペア、今回の調べモノをシロウサギに提出してくださいな。」
「はい。ところで女王陛下、何故コハンや見かけない猫がいるんです?」




いかにも嫌いですと言う瞳を俺とコハンに向けながらスペアは言った。
スペアの態度に慣れていたのか、コハンは気にしてない様子。




「彼は新しいチェシャ猫です。とても、可愛らしい子でしょう?」
「…ハッ!こんな餓鬼に、任務が務まるとは思えませんな。」
「スペアさん、言葉が過ぎますよ」




シロウサギの睨みも軽く受け流しながらスペアは「はいはい」と呟いた。
全く反省の色を見せない。


二人の遣り取りを見ていた女王はオロオロとした様子で頭を振った。
俺が止めに入るか…




「すみませんが、女王様が困っていますので。喧嘩は止めて…」




バシュッと何かが俺の頬を掠めた。
生暖かいモノが俺の頬を伝い始める。
手を頬に当てればヌルッとした液体が手にまとわりついた。

あぁ…血か




「五月蝿い。貴様には関係の無いことだ。さぁ、早く城から出て行け!!猫が居ては、城にノミが入る!」
「スペアさん!!」




カチンッとスペアの言葉が頭にきたので言い返そうとするが、コハンによって止められる。
ニコニコと笑ったままコハンは女王に一礼をした。




「では、女王様。今日は帰ります」
「申し訳ありません。また、何時でもいらしてください」




女王の申し訳なさそうな声にコハンは頷くと、俺の手を引っ張った。
背中越しで喧嘩を始めたスペアとシロウサギの声に耳を傾けつつ部屋から出て扉を閉める。


城から急いで出ると、ハーティアとクロバが苦笑いをして俺とコハンを見ていた。





「おつかれー!スペアに何か言われたんじゃない?あの子、猫嫌いだからねぇ」
「え?」





ハーティアはポケットから飴を出すと俺の手に握らせる。
飴には大きな文字で『イチゴ』と書かれていた。




「もう、今日は女王様に挨拶だけで終わりなの?コハン」
「いや、アリスの所にも行かないとな」




煙草を口に咥え、火をつけながらコハンは言葉を発する。
心なしか煙草を握る手に力が篭っているように見えた。


それに気づいたのかクロバは申し訳なさそうに、頭を下げた。




「スペア、停止不可能。我、力不足」
「クロバが気にする事じゃない。アイツは何時も俺等に手出ししてくるからな」




フゥと口から煙草の煙を吐き出す。
その様子は、とても格好良いものだった。


一通り煙草を吸うと、コハンは俺の頭を数回撫でた。
一体、何をしているんだろう。




「スペアの言葉は気にするな。アイツ、女王様やアリスに好かれている俺等が嫌いなだけだ。」




この言葉を聞いて始めて、コハンが慰めてくれようとしている事に気がついた。
少しだけ嬉しかったので俺は笑顔でコハンを見る。
その様子に側にいたハーティアやクロバも微笑みを浮かべた。
















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