君がチェシャ猫 T







太陽がサンサンと降り注ぐ、そんな陽気の筈だった今日。

筈だったのに、ここはジメジメしてて暗黒の色に染めあがっている。

俺は、どうして…こんな場所にいるんだろう。







「ここ、何処だよ」







俺の虚しい声は、その場に少しだけ響いただけだ。

一体全体、何があってこうなったんだ?

今日は、何時も通りに学校へ続いている通学路を歩いていただけなのに。

俺はスゥと息を吸い込んだ。







「誰か!!誰かいませんか!!」







俺の決死の叫び声も、この空間では無に等しいようで。

山彦のように俺の言葉も響かず無音のまま。

学生鞄を地面に置いて、座り込む。

何をしても現実は変わらなさそうだ。







「はぁ」







俺の虚しい溜息も一瞬吹いた風によって掻き消された。



……風によって??



俺は急いで立ちあがると風が吹いてきた方向を見る。







「?!?!」







そこには、先程まで何も無かった一本の木があった。

青色と赤色をしている不思議な色の葉は、俺を誘っているようだ。

俺は、その不思議な木に触れようと手を伸ばす。







「何をしているんだい?」







横からソッと肩を叩かれて、俺はビクリと肩を震わした。

横を見ればピンクと紫の縞模様の耳や尻尾を携えている小さな少年がいた。

年の頃は10か11くらいだ。







「こんな所で何をしているんだい?それとも、君は僕の簡単な質問にすら答えられないの?」







ハッと鼻で馬鹿にしたように笑う少年に対して俺は怒りを覚えることは無かった。

何時もなら真っ先に頭に血が上るというのに、今日は全く血が頭に上る気配がしない。







「俺は知らない内にココに来ていたんだ。ここは一体何処なんだ?」







俺の質問に、少年は目を少しばかり細めると腕を組んだ。

何やら考え事をしているらしい。







「そうか、君が…君が新しい」







少年は何やら嬉しそうに微笑むと小さな白い手を俺に差し出す。

握手しろ…とでも言っているのだろうか。







「僕はチェシャ猫3代目。やっと僕も、この任から解かれるんだね!」

「え?」







満面の笑みのチェシャ猫3代目に、俺は空気の擦れたような声を発する。



意味が分からない。

チェシャ猫というのは『不思議の国のアリス』に出てくる、あのチェシャ猫か?







「さぁ、行こう!!皆が待っているよ!」







チェシャ猫3代目は俺の手を掴むと、見た目とは違う信じられないスピードで走り出した。

目をパチクリさせながら俺は少年の後を走って行った。











******

















何分走っただろうか。

周りの景色が所々現れ始めた。

お菓子の家のような小屋や、ホラー映画で出てきそうな不気味な屋敷。

色とりどりの道に、虹色に輝く綺麗な川。

とにかく、普通では有得ないようなモノばかりが目につく。







「な、なぁ。チェシャ猫!何処に向かってんだ?」







息が少しばかり切れてきたところで問うと、チェシャ猫3代目は走るのを止めて小さな指で建物を指差す。

それは大きな洋館で、天使の絵と猫の絵が描かれている。

門はアーチ型で、いかにも高級感漂う建物だ。

チェシャ猫3代目は、当たり前のように洋館に入る。

俺も急いで後を追った。





洋館の中は広く様々な部屋がある。

その中の一つである猫が沢山描かれている扉の前に立つとチェシャ猫は頭を一度下げて扉を開けた。

部屋の中に入ると、フワフワのソファの上に18くらいの青年と16くらいの少女が座っていた。

青年の青い髪からはチェシャ猫3代目と名乗った少年のと全く同じ耳が出て、尻尾だってソファで隠れてしまっているだけでキチンと存在している。

少女の方は金色の髪の上に白い猫耳が突き出している。







「連れてきたよ!新しい僕らの仲間を!」







チェシャ猫3代目は嬉しそうに笑うと少女に抱きついた。

少女の耳がピクンと揺れて視線が俺の方に向く。

金色の瞳は俺を捕らえると、可愛らしく細まった。







「まぁ!貴方が新しい仲間なのね。とても優しそうな方…きっと女王様やアリスが喜ぶわ」

「本当だな。コレだったら安心して仲間に迎え入れられる」







少女と青年の言葉に俺は戸惑ったように視線を泳がす。

美男美女…正しく彼等には、その言葉がピッタリだった。

心臓がバクバクと動く中、俺は必死になって言葉を捜す。







「俺…その…」

「あら、そんなに怖がらないでいいのよ。私チェシャ猫2代目、名前はシアン」







少女もといシアンはスカートの端を掴むと、恭しく礼をした。

それを見ていた青年も頭を数回掻きながらニヤッと笑う。







「俺はチェシャ猫初代。名前はコハンだ。よろしくな」







コハンはチェシャ猫3代目を肩に乗せると、俺をジッと見つめた。

その視線が、あまりにも真剣で俺は一瞬肩身が狭くなった。

数秒経ったあと、コハンは首を傾げる。







「やっぱり、青と灰色が良いな」

「は?」







コハンの訳のわからない発言に首を傾げてみた。



何を言っているんだ?







「私も、そう思っていたのよ。コハン。彼には青と灰色が似合うわ!早速女王様に申請してくるわ!」







シアンの楽しそうな言葉とは反対に俺は不安で溜まらなくなる。

先程から話している女王様とは、やはり「首をはねよ!!」が口癖の女王様なのか…

もし、そうなら俺は会いたくなど無い…







「さっきから何を言って」

「ん?あぁ、君は知らなかったよな。新しいチェシャ猫4代目に君が選ばれたんだよ!」







心底嬉しそうなシアンとコハンにチェシャ猫3代目。

あぁ…目の前が真っ暗になった気分だ。












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